『苦海浄土』 石牟礼道子 講談社文庫 760円+税
水俣病という高度成長期に起きた悍ましくも非情な公害病を現地に住む一人の主婦で作家が綴ったこころの澄んだ美しいドキュメンタリーである。
私の当時の記憶は新聞の伝聞か、猫が狂ったように次から次へと踊るように海に飛び込む、といったものしかない。
新日本窒素社の垂れ流す有毒有機水銀のため、不知火海沿岸の風光明媚な小さな入り江や湾が汚染され、そこの魚介を獲って日々の生業としていた小さな家族単位の漁師の人々が罹った。自分で獲った自慢の魚を食すことが生きることだった。猫たちも多分魚を食べていたであろう。
発症して1週間で死んでしまう人、嗅覚だけ残って肢体は麻痺し見えず聞こえず犬の遠吠えのような声しか発せずで1、2カ月で死ぬ人。
こうした病人を石牟礼は丹念に優しく静かに見守る。死に至る病人たちが大好きだった海を語る時の澄んだ美しい魂。石牟礼の筆のやさしさはかけがえのない海が侵されたことをも痛切に感じさせる。
我々は経済発展と共に掛け替えのない美しいふるさとともいえる海、そして大地を無くしてきているのか。
弱い私は最後まで読み切れていない。正体の知れぬ新型コロナウィルスでパンデミックに襲われている今、水俣病で苦しんだ人々のそら恐ろしい苦痛が生々しく、感情移入の強い私は神経がやられそうで読むことを中断した。
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