『忘れられた巨人』 カズオ・イシグロ ハヤカワ文庫 980円+税
昨年度のノーベル平和文学賞を授かった著者だ。
日系英国人。1989年発表の『日の名残り』は日本語訳直後に読んだ。5歳で英国移住とは言え、英国の古い格式ある伝統をよく理解したものだと感心した記憶がある。
本著作は、先般ベトナムに行くために成田空港で時間待ちをしていてストアを覗いたら目の前にあったので買ってみた。
題名からして何やら不思議。しかし読み進むうちにどうなるのか引き込まれていく。どうやらイギリスの大昔のことが書かれているらしい。横穴式村落に住んでいて、あたりの広大な野原は荒れ地。年寄り夫婦が旅に出る。遠くの村にいる息子のところへ。
テーマの一つが、霧に包まれて、みな記憶が直ぐに無くなる事。それも直ぐに。
そして、アーサー王の甥という老騎士と今の王に選別された強靭な戦士、そして鬼にかどわかされて噛み傷をおった少年、船頭、荒廃した修道院などが出てくる。
霧は、恐竜のような雌竜が吐く息で、結局その雌竜を退治してこの物語は終わる。霧がはれてかつての様々ないいも悪いもすべての記憶が蘇った時、果たして今の平穏なブリトンが保たれるのか、危惧しながら。
ブリトン島に住むケルト系ブリトン人にゲルマン系サクセン人が侵略してきたブリトンにおける戦いに関するアーサー王伝説がベースのようだ。民族や国家のアイデンティティーは「記憶」に密接にかかわってるいることを書きたかったようだ。
日本人としての記憶を大切にする著者の、英国に育った精神意識がこうした事を強く身をもって思考できるのか。
現在も民族間の内戦や紛争は絶えず、移民問題や難民問題は世界中に広まっている。そして英国のEU離脱、トランプ米大統領の移民締め出し政策などなど、いわば「霧」で覆っていたものが暴かれていく末は、……案じているのだ。
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