過日、6月の金春会定期能に出かけた。
国立能楽堂の佇まいからして、このところの海外旅行で浮つき、よろよろしていた気の調子を落ち着かせてくれた。
「芦刈」
貴人の子の乳母となっていた女(ツレ)が、流浪の身となっていた夫を探すという話。
津の国難波の草香の里を訪れると、芦売りの芸人(シテ)が面白く歌や踊りで芦を売る芸を披露する。女は彼が夫の草香の佐衛門と気づく。夫は我が身を恥じて芦の屋に隠れる。
しかし、妻の優しい言葉に応じて夫は現れ、烏帽子と直垂を付けた正装で喜びの男舞を舞う。
豪快な男舞が見事であった。
「真奪」(しんばい) 狂言
近頃盛んになった立花(いけばな)の会のため、主人は太郎冠者を真(立花の中心となる枝)を採りに行かせる。
太郎冠者は主人の太刀を持って東山に採りに向かう途中、見事な真を持った男を見かける。その真を奪おうと二人はもみ合う。太郎冠者は真を奪うが、太刀は知らずと男に奪われる。
それに気づいた主人は、太郎冠者と男を捉えようとするが……。
太郎冠者の軽妙なお惚けが笑いを誘う。
「三輪」
三輪山に住む玄賓僧都(ワキ)のもとに毎日樒と閼伽の水を供える女(前シテ)が、今日も訪れて寒いと衣を所望し、杉の立つ門を目印に訪ねよいい消える。里に住む男(アイ)がう三輪明神に参拝すると玄賓の衣が神木の杉に掛かっているのを見つけ、玄賓に話す。玄賓は明神に向かい衣を見つけ、衣に記された神託の歌を見出だす。
やがて三輪の神(後シテ)が女神として出現、三輪明神の神婚説話を語り、天岩戸の前で舞われた神楽を舞う。
曲舞は、夜しか訪れない男の裳裾に、帰る際苧環を綴じつけて跡を糸で辿ると、神垣の杉の下枝に着いた、苧環は三輪残った、という話。
伊勢と三輪の神の本体は同一という神秘も明かされる。
* 天照大神を謡では゛テンショウダイジン"と謡う。たしか落語か何かで昔の事を知らない与太郎かが、テンショウダイジンと読んだとする笑い話があったと覚えているのだが…、違ったか。
「熊坂」
旅の僧が美濃国赤坂で一人の僧(前シテ)によびとめられて武具ばかりが並ぶ庵室に案内される。やがて僧が消えると庵も消え、旅僧は野原に取り残される。やってきた里の男から大盗賊熊坂長範がこの地に敗れたという事を聞く。
供養をしていると、熊坂の亡霊(後シテ)が現れる。無敗の熊坂は、陸奥へ下る途中の金売吉次信隆を盗賊仲間で襲ったが、吉次一行に加わっていた牛若に討たれたことを、長刀を振るい激しい戦い、牛若の軽便な身のこなしなどを語り舞う。
この仕舞が、強烈で凄くよかった。
鑑賞の後のいつもの会食は、歌舞伎はよく見るが能は2度目という知人男性も加わって三人、こちらは東京赤坂で、能の良さを美味しい肴と酒で語り合った。彼は能の奥深さに気づきはじめたようで、もう歌舞伎を見られなくなったと話した。まあ、歌舞伎もいいはずですよ。
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