悦子の談話室

物言えぬ時代

     
 

過日、快速電車に乗っていてある駅で出発時、大声で"その電車待って、乗せてー!"と階段を駆け下りてくる若い男性がいた。何事かとみな驚いた。車掌に見えるべくもないが無事彼は乗れた。よくぞ喚いたものだ、その気持ち分かると思った。やはり変わったひとで、乗ってからも一人で喋っていた。"ジムに勤めている、子供を叱ると初めての子はすぐ泣く、今は叱られることがないから。でも慣れてくると泣かなくなる"  出口に突っ立ったままの人にはそこおろしてあげてよー"とか。まっとうな事を言っている。乗客皆も彼のことを気にはしながら少し慣れてきたようだった。なかなか言いたいことが口をつかないが、彼は言いたい事が言えている。
女子はキャリアを積むより二人子供を生む事が大切だと言った中学校長が辞任させられたとか。これはこれで一つの正論だ。キャリアを積むことが大切と言うのも一つの正論だ。問題は子供をとるかキャリアをとるか。両立を如何にさせるか。私は子育てはその母を含めて親のかけがえのない特権であり義務だと考える。保育園に頼らざるを得ない人もいよう。が、子供は、一律に生産される工業製品やペットとは違う。楽な仕事ではない。金にはならない。が、自分だけがこころを通わせ育て立派な社会の宝とすることができる。貴重な社会の財産である。
山上憶良ではないが、子供に勝る宝はない
等など考えていると、ものが言えない社会になってきているのだなとつくづく思ってしまう。ネットでわーっと騒ぎになる、玉石混ざった情報であふれ振り回されている、それらを見分ける人間としての教養が全く欠けてしまっている。恐ろしい集団社会にならなければよいのだが。

(16.03.29)

 

 
     

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