世代交代

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何時の世も、どの社会でも、世代交代は常のならい。

昨夜は三木会があった。
東京新橋、第一ホテルにて。この地域は40年前から30年近く生息していた古巣なのでやはり懐かしい。
開始時間を1時間も間違えた。これはこれでよしと。買い物でもするか。
3、40年前が懐かしいとは言え、駅ビルのショップもすっかり様変わり。きょときょと見回していると、夏物30%〜70%も値下げというと見逃せず、スカートを試着するとこれがぴったり! かなりのロング丈の紺のさらっとした肌触り、裾あたりが軽くフレアーのかかった、ま、いわばオールドファッションかな。でも凄く気に入り、即購入。これは余り値下げされていなかったが。

さて、三木会に出席。
異業種交流会の草分けだったが、40年も経てば世代交代は進む。
もはや親しい古い顔見知りは10人足らず。数年前から大先輩たち、新聞社の社長や大企業の社長たちが辞めていくのを理解できずどうしてと問うたものだった。彼らとは今現在は別個に会う機会があるが。
何となくその訳が解ってきた。世代交代というよりは問題意識の交代だ。年代が変われば自ずと問題意識も変わってくる。
スピーチにその変化が歴然としている。スピーカーを呼んできたりして頑張ってくれている事務局も若返っている。彼らの問題意識は、ハウ・ツーなのだ。年配者にはハウ・ツーはもはや要らない。さんざんそれを努力開発してきたのだ。
若いピチピチの自称経済キャスターはスクープを狙う方法、例えば話し方とか足の組み方、チャーミングに見せる方法など話した。相方も俳優で熟などで教えているという男性で、如何に自分を見せるかなどに重きがあった。
若い世代にはそれはそれでいいだろうが、私の期待している三木会でのスピーチは、例えば経済キャスターならば彼女が今の経済状況をどう把握分析しているのか、いわば社会の本質を探る上での一つの参考意見である。
いや、若い世代も、表面的な見た目や小賢しい手練を磨くだけでなく、物事の本質を考察していく姿勢をもっともっと学んでいって欲しいものだとつくづく考えた次第だ。特に今のこの時代は。

隣に同席したナターシャさん、ソ連から亡命した往年の名ピッチャーを父にもつ彼女も同意見だ。彼女は健康関連の会社をずっと以前に立ち上げ、今は息子さんも手伝ってくれていると。すらりと背の高い素敵な女性で、孫さんの世話で倍忙しいのだとか。こんなはずではなかった、悠々自適のはずだったと。ふふふっ。  

(14.07.18) 

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