この村は「美術館都市」を宣言。町名はイラクサの意。標高1030mの地。
1876年、オスマン帝国からの独立運動の引き金となった4月蜂起を起こした町。
当時のブルガリア民族復興期の特徴をよく残している。383軒ある建物のほとんどが修復によってかつての姿を保っている。
リュトフ邸。
蜂起の指導者カブレシュコフが警察官を銃撃した石橋。
カブレシュコフ像だったかな?
カブレシュコフ邸。
詩人だったかな?。芸術家は政治に敏感。ポーランドのショパンだってそうだ。
小手毬の花、大木だ。
デべリャノフの家。戦争に赴いた息子を待つ母の像が右側にある。
4月蜂起記念碑がある4月20日広場。
豪商オスレコフ邸内部。
なんの花か。
ソフィアに次ぐ第2の大きな都市。徒歩で巡る。
ヒサルカビヤ(要塞門)
ブルガリア民族復興博物館(ゲオルギアディの家)
古代ローマの遺跡か。
地域民族博物館
その中庭。
どの家にも軒に葡萄棚が。日よけとして設けている。
いたるところ薔薇が綺麗だ。
聖ディミタール教会内部。
説教台
古代ローマ半円形劇場
現役である。
劇場への入り口。
さらに行くと、地下に埋もれている古代ローマ競技場の遺跡が。
こうした大きいものだった。
イスラム寺院ジャマカ・ジャー・ジャーミカ
地下に古代ローマの遺跡を残しているリムスキ・スタデオン広場。
綺麗な中央通りアレクサンダル・ハディンブルグ通りを歩きながら、よこに何か2019年に国際祭りがあるような立看が。
看板はブルガリア人が誇るキリル文字で書かれたマック(上)、下は英語。
中央広場に面した、今日の宿、ラマダトリモンティウムホテル。
プロヴディフ市は岡山市と姉妹都市なので自由公園内に桃太郎像がある。
どうもこの週は高校の卒業式が多いらしく、大人びて着飾ってそれを祝うたいそう賑やかで派手なパーティーが深夜すぎまでどこのホテルでも繰り広げられていた。
そこに向かう車がまた大いに派手で、結婚式の後に管など引きずっていくのと似ている。
[海外旅行記]
Copyright © Etsuko Shinozaki 2003-2015 all rights reserved