遅れ馳せながら宿題提出 その2 投稿者: 水野悦子 投稿日:2005/04/15(Fri) 18:35 No.218 |
『こころをスローにするための実行』という課題を前に、ここのところ、もう一度考え直していました。
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Re: 遅れ馳せながら宿題提出 その2 篠崎悦子 - 2005/04/15(Fri) 19:03 No.219 |
"スロー"ということが、決して受身ではなく能動的に捉えていらっしやることがよく伺えました。同感です。 ご夫妻での海外旅行にお孫さんをお連れして! 素晴らしいですね。 お孫さんもとてもいい体験をされたでしょう。逆におばあさまおじいさまのお世話をする小さなプリンセスになった心積もりだったことでしょう。 山で過ごすことも素晴らしいですね。自然と共に生きる! これらはやはり「非日常」でしょうかしらね。「日常」の捉え方になるのでしょうが、日常にこうした新鮮な事柄をも組み込んでいくことは無理でしょうかしら。 |
Re: 遅れ馳せながら宿題提出 その2 吉田 良子 - 2005/04/17(Sun) 22:36 No.220 |
スローも多角的に考えると、なかなか奥深いですね。「自然以外、何もない」という表現は、胸にキュッときました。もしかしたら、今の時代を生きる私たちにとって、それは一番の贅沢かもしれませんね。
旅行は私も大好きでたまに出かけますが、「夫と一緒に」というところが大いに違いますね。夫といっしょだと、日常から脱皮できないような気だして、一人旅行派です。一昨年の夏、カナダのバンクーバーで、1ヶ月一人暮らしをしました。そのときの解放感といったら、「病み付きになりそうでヤバイ!」と自己規制するほどのものでした。今にして思うと、あの心境はホンモノのスローだったかもしれません。ウーン、やっぱりスローって奥深いですね。 |
遅れ馳せながら宿題提出 その1 投稿者: 水野悦子 投稿日:2005/03/15(Tue) 00:18No.198 |
「こころをスローにするために実行している」というよりも、「たまたま実行していることが結果的にこころをスローにしている」という方が当たっているような“私の実行”です。
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Re: 合理性は「スロー」を損なうか 水野悦子 - 2005/02/18(Fri) 21:34 No.185楽しいですねえ。まるで、論文のテーマ! |
合理性は「スロー」を損なうか 投稿者: 吉田 良子 投稿日:2005/02/17(Thu) 10:36 No.181 |
「私が実践しているスローライフ」を投稿したものの、どうも何かしっくりしなかったのです。 掲示板を読み直して、その原因が分かりました。私はスローライフのつもりで「歩くこと」を始めたのですが、いつのまにかシャカリキ(これって、静岡弁?)になって歩いているのですね。始めたからには続けねばならぬ!これってスローとは反対の指向ですよね。 もう一つ、私はとても合理的であることを良しとする人間なのです。何の目的もなく歩く、なんてことは思いつきもしませんでした。行かなくてもいいところへ歩いていく?散歩?とんでもない!時間がもったいない!入力と出力の関係は、最低でも「イコール」、「入力<出力」が理想的、「入力>出力」はあってはならないこと、と思ってきました。今でもそう思ってます。 |
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早いでしょう。昔からテストの答案用紙出すのはやかったなあ。点数はいつもわるかったけれど。
クヨクヨ考えることが「心がスローでない状態」であることはよく分かるので考えるのをやめて、「スロー」という単語の意味から知ろうと広辞苑を開きました。 そうです。「スロー」というのは「遅いさま、のろいさま」でクイック(早いさま)の反対なのです。ですから「スロー」を実践するということは、普通なら5分でできることを10分かけてやることです。というわけで、素直な私が実践している「スロー」は、「歩くこと」です。 A霞ヶ関に行くときは、表参道、赤坂見附と乗り換えて、職場に横付けだったのですが、いっきに半蔵門まで行って、そこからお堀端を歩きます。これが約30分。 B我が家の最寄駅からもっとも近い都会は二子玉川ですが、ここに買物などに行くときも歩きます(めったに行かないけれど)。これが約50分。 C週に一度、生活物資を買いに行くスーパーは遠くて、歩くと約25分。私が到着する頃、夫が車に買物袋を積んで到着します。買物が済むと夫が車に荷物を積んで帰り、私は手ぶらで歩いて帰ります。往復で50分。 皇居のお堀の風景はバッキンガム宮殿なんて、足元にも及ばない美しさであるとは、以前から思っていたのですが、太陽を受けて輝くお堀の水面の漣(さざなみ)の美しさは歩き始めて気付きました。季節により、時間によりいつも表情が違って、水面に漂う鳥とのハーモニーはいつも新しい小さな感動を与えてくれます。 二子玉川までの道は狭くて、両側に金物屋や駄菓子屋があって、故郷の昔の町並みを思い起こします。スーパーを往復していると、家々の花に見とれます。季節感の乏しい私は、還暦すぎてから、いかに季節の花々を知らないかを知りました。 15年も住んでいて気付かなかったのですが、墓地もあるのです。 夫のお墓は本州の外れまで行かないとお参りできないから、生きているうちに近くのお墓を準備しておかないと、子供が不便するだろうな、なんて死後のことまで考えるようになりました。
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マンタに恋して 投稿者: 喜代子 投稿日:2005/02/07(Mon) 20:17 No.173 |
ここしばらく 憧れていた 沖縄ちゅらうみ水族館に行ってきました。午前10:00から午後2:00まで 水槽沿いの喫茶室に陣取って たくさんの沖縄の魚と ゆらゆらと泳ぐ 数匹のマンタ(スペイン語のマント の意とか)に 見とれました。満足;; ついでに 人魚にも会ってきました。帰りは満開の避寒桜に送られて幸せな一日でした。
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