掲示板に寄せられたスローライフの実行

遅れ馳せながら宿題提出 その2  投稿者: 水野悦子 投稿日:2005/04/15(Fri) 18:35 No.218

『こころをスローにするための実行』という課題を前に、ここのところ、もう一度考え直していました。
「こころをスローにする」という意味を…。
実は、当初から私は勝手に「心を豊かにすること」と解釈していたのですが、それは今も変わりません。ただ、もう少し具体的に言い換えられないかなあという思いがあったのです。
そこで、今回は「こころに養分を与えたり蓄えたりすること」というふうに置き換えてみました。
自分では、一寸わかりやすくなったような気がしますが、如何なものでしょうか…。

3.非日常的な実行から

○一年に一度は夫婦で国外旅行をすることにしています。

勿論、日本の自然や文化に素晴らしいものはたくさんあります。素敵な方もたくさんいらっしゃいます。
でも、世界の広さを肌で感じると、こころは日常からとは異なった養分を吸収するような気がするのです。
また、国の外に出ると改めて日本や日本人が見えてきて、日本を考えさせられるという収穫もあります。

今年も3月末に実行したところです。ただ今回は孫娘(小1終業)との三人連れを試みたので、私の主たる役割はヨーロッパのいくつかの都市でチビの身の健康と安全を守ることでしたから、いつもとは趣が異なりました。
でも、意識や視点が変わると又別のものが見えてきて、面白いなあと思いながらの旅になりました。
帰国し、孫を親のもとに送り届けた後は“楽しい疲れ”の中にどっぷり身を置きはしたものの、今回もこころスローに繋げることができたことを実感。こころの養分を枯らすことなく次回に備えたいなどと思っています。

○山で過ごす。

私の弱点の一つは、蒸し暑い夏に体調を合わせられなくなっていることです。体温調節能力の低下を認めずに無理をすると必ず大きなツケがくるので、数年前に特に夏場の逃げ場をつくりました。
暑さを凌げるだけでありがたいと思った長野県の山の中。標高1000メートルの、何にもない所です。
ところが2〜3年往復を続けているうちに、この何もないところが「こころに養分を摂る」のには絶好の場であると気付き、夏場に限らず時間をつくってでも出かけたくなり、機会をねらうようになりました。

春の到来は遅い場所ですが、4月半ばになれば山桜が屋根の上から降り注ぐ筈(残念ながら今年はまだ行っていません)ですし、5月には庭の山椒の若葉で佃煮を作ったり、採りたてのタラの芽で天麩羅も…。何もないだけに、漆黒の闇も経験できるし夏の夜空にきらめく星にも手が届きそう。ベランダで近くの山並みを眺めていると時を忘れます。秋、霧が谷間から湧き上がっては流れ消えていくのを飽かず眺めたこともありました。生まれて初めてという自然体験に魅せられているということでしょうか。

勿論“自然以外には何もない所”で生活するには、それなりの苦労や工夫が必要なのですが、根雪の除去も食料の調達もゴミの処理も草木の手入れも、今のところ苦にはなりません。もっとも、これが「日常」であったら大変!。「非日常」であるからこそ、苦にせず楽しんでやれることなのでしょうね。

そんなわけで、私の『こころをスローにする実行』は、「非日常」の中でより強く意識されています。

 

Re: 遅れ馳せながら宿題提出 その2 篠崎悦子 - 2005/04/15(Fri) 19:03 No.219



"スロー"ということが、決して受身ではなく能動的に捉えていらっしやることがよく伺えました。同感です。
ご夫妻での海外旅行にお孫さんをお連れして! 素晴らしいですね。
お孫さんもとてもいい体験をされたでしょう。逆におばあさまおじいさまのお世話をする小さなプリンセスになった心積もりだったことでしょう。
山で過ごすことも素晴らしいですね。自然と共に生きる!
これらはやはり「非日常」でしょうかしらね。「日常」の捉え方になるのでしょうが、日常にこうした新鮮な事柄をも組み込んでいくことは無理でしょうかしら。



Re: 遅れ馳せながら宿題提出 その2 吉田 良子 - 2005/04/17(Sun) 22:36 No.220

スローも多角的に考えると、なかなか奥深いですね。「自然以外、何もない」という表現は、胸にキュッときました。もしかしたら、今の時代を生きる私たちにとって、それは一番の贅沢かもしれませんね。
旅行は私も大好きでたまに出かけますが、「夫と一緒に」というところが大いに違いますね。夫といっしょだと、日常から脱皮できないような気だして、一人旅行派です。一昨年の夏、カナダのバンクーバーで、1ヶ月一人暮らしをしました。そのときの解放感といったら、「病み付きになりそうでヤバイ!」と自己規制するほどのものでした。今にして思うと、あの心境はホンモノのスローだったかもしれません。ウーン、やっぱりスローって奥深いですね。

 

遅れ馳せながら宿題提出 その1  投稿者: 水野悦子 投稿日:2005/03/15(Tue) 00:18No.198

「こころをスローにするために実行している」というよりも、「たまたま実行していることが結果的にこころをスローにしている」という方が当たっているような“私の実行”です。

1.発想の転換

 ある時期から、「…せねばならぬ」という考え方を、なるべく「…した方がいいナ」と考えるようにしました。結果的にこころがスローになったような気がしています。
「せねばならぬ」には義務感や切迫感がつきまといますから、自分のみならず周囲にも窮屈感を与えてきたのかもしれないと、今ごろになって反省もしています。
 面白いことに、私の実験(?)では「…せねばならぬ」と考えて肩肘張ってやっても、「…した方がいいナ」と考えて気持ちを楽にしてやっても、結果はそれほど変わらないのです。不思議ですね。
 そこで私は、これからも、同じやるなら「…した方がいいナ」方式でいきたいと思っています。

2.日常的な、ちっぽけな実行から

○食事を大切にしています。
 できるだけ(毎日というわけにはいきません)準備の時間をケチらないようにしています。楽しんで準備をし、幸せを感じながら食卓を囲みたいと思っています。これって、単なる食いしん坊!?
 でも、やっぱり、食の幸せはこころをスローにしてくれますよね。

○体を動かすようにしています。
 週に1回はテニスを楽しめるといいナと、心掛けています。若い方たちと共に汗をかくのは、気分がいいだけでなく刺激をも与えられてうれしいです。球を追いかけている時はクイック(?)、終った後はスロー、トータルはこころスローです。
 また、時間があるときにはできるだけ歩くようにしています。皆さんがおっしゃっているように、歩きながらいろいろな発見もできていいですね。
 加えて、住処はエレベーターなしの5階ですから、運動には事欠きません。ありがたいことです。(もっとも、これは、我が家にいらしてくださる方々にはご苦労をおかけしていることなのですが…。)
 とにかく、体を動かすと生活にリズムがでるような気がしています。

○眠れなくてもイライラしません。
 現役時代は、夜眠れないと少なからずイライラしました。明日の仕事に差し支えると思ったからです。眠らなくてはならないと焦って、結局はナポレオン並みの睡眠時間…という時期もありました。若さで乗り越えはしたものの、あくる日のこころがスローだったかどうかはハテナマークです。
 今は、歳をとったことに加えて上記1.の発想の転換もあって、眠れなくても決して焦りません。「眠れなかったら、起きてればいいじゃない」と、読書・手紙書き・ボランティア活動の下準備などを始めます。一段落すると睡魔が襲ってきて快い眠りにつけるというパターンを楽しみ、朝はすっきり、こころもスローの一日が始まります。 睡眠は時間の長さではなく眠りの質が問題なのでしょうか。

 さて、こう書いてくると、私の日常の「こころスロー」は「加齢」と「いい加減さ」に支えられているようで、何だかお恥ずかしい。
 次は、非日常の実行で名誉挽回したいと思いますが、どうなりますやら……。

 


遠路、わざわざありがとうございました。  投稿者: 投稿日:2005/03/09(Wed) 19:11 No.194

は〜い、ようやく作品展がおわりました。
日ごろ、スローな暮らしをしている身にとっては、6日間の出勤は、結構ハードで、トッテモツカレマシタ (なんて贅沢な!)。本日は、のんびりと休養日でした。

さて、その節は、(しかもHPによると雪の中を)遠路わざわざお出かけくださいまして、本当にありがとうございました。会期のはじめに景気をつけていただいたお蔭で、その後もにぎやかで、6日間の来場者は200人を超えました。スタッフ一同(といっても82歳の会社会長と英語教師を去年退職した女性の3人ですが)とても、喜んでおります。


何かをすると、本当にいろんな人に助けられていることを実感し、「ありがたいなー」と思いますねー。Sさん、Yさん、Iさん、遠くから本当にありがとうございました。深謝。
それにしても、お三人のコンビネーションのよさは抜群ですね。さぞ楽しい道中だったことだろうと、ひそかに想像をめぐらしました。また、何か楽しい旅を企画してください。

次回のスローの会、お返事をまだ出していませんでしたが、18日に、壷を持参して参加します。どうぞよろしく。

 

 

スロー論・・・私も合理主義です  投稿者: 八木茂子 投稿日:2005/03/05(Sat) 14:52 No.189

 

皆様の投稿を読ませていただき、嬉しくなりました。皆さん、結構同じようなことをしていらっしゃるのですね。


 篠崎さんから投稿してと言われておりましたが、日常生活の中で考えてみると、どうもしっくりくることがなくて、スローライフってなんだろうと悩んで?おりました。
頭の中では町のあちこちの花を見ながら散歩しようとか、ゆったりと泳ごうとか考えてプールにも行くのですが、行動はそれこそシャカリキに動いているのです。これはとてもスローライフではないと思いましたし。


 どうしてなんだろうと考えた時、長年、目標設定とか目標はとか、効率的にとか、成果はとか求められて仕事してきたことがなかなか抜け切らないで生活の中にも入ってしまっているのだなと思い至りました。(もともとの性格もあるのでしょうが。)


 数年前に大学のクラス会で十数名集まったことがありました。食事の後、200メートルくらい離れたところに移動したのですが、移動は二つのグループに分かれてしまいました。5,60メートルも離れてしまったのです。気がつくと早いほうの組は全員仕事している人たちでした。皆で大笑いしましたが、日頃求められている効率的な行動が現れたのでしょう。


 今のところ、東京の日常生活の中では、スローな生活は難しいです。最近はせめて目標を低くして行動するようにしているくらい です。例えば泳ぐ距離も短めに目標を立て、調子が良かったらもっと泳げばいいじゃないかとか、月に3回行ければいいとか。


 月に1,2回田舎に行きますが、ここでは目標のないいわば非日常の生活ですので、スローライフが過ごせているかなと思います。地元の魚・野菜などを求めて店をはしごし、庭の山菜を採ったり海までのんびり散歩したり、蓬を摘んで草もちを作ったり・・。
これも田舎に住み着くとどうなるかわかりませんが。


 東京の生活と田舎の生活をもつことで何とかバランスをとっているかなというのが、今の私です。

 

Re: 合理性は「スロー」を損なうか 水野悦子 - 2005/02/18(Fri) 21:34 No.185

楽しいですねえ。まるで、論文のテーマ!
スローについてこれだけお考えになっている吉田さんの心はまさしくスロー・・・・・・。
読ませていただいた私もスロー気分になりました。ありがとうございます。

 生きていく日々の心が常にスローであるわけはない!と私は思っています。又、行動や思考の全てがスローだったら面白くも何ともない、とも思います。
 何故って、人間は目的をもたなければ生きていけないし、目的が長期的なものであれ、短期的なものであれ、その達成に向けて努力しているわけでしょう?。その過程では、例えば、合理性も必要だし、成果も考えますよね。クイックもファーストも必要ですよね。
 でも、現代の社会はあまりにも合理性を追求したり、速さを求めたり、成果主義に陥ったりしすぎて、スローの精神や行動が厭われたり忘れ去られたりしてきた…。弊害も出てきた…。 今、スローが見直されているのは、その反省に立っているのではないかと、私は勝手に考えています。(もし、違っていたら、篠崎さん教えて下さい。)
 要はバランスの問題じゃないでしょうか?

 実は、私自身ずいぶん“しゃかりき”(この言葉は辞書にあり)に生きてきました。「早く」「合理的に」をベースにした時期もありましたし、「時間の無駄」を省かなくてはならないとキリキリしたこともありました。その私に『無駄もいいじゃない・時にはのんびりゆこうよ』という思いをもたせてくれたのは外国生活の経験でした。
 仕事を終えた週末の合言葉は「ボン・ウィークエンド!」。 当時の日本で「よい週末を!」なんて言ったら、どうかしているんじゃない?と思われたに違いありません。ハハアなるほど、日本人は働くために休む、こちらの人は楽しむために働くのか〜、と思ったのがきっかけでした。でも、なかなか習性は変えられず…でしたけれど…ね。

 あら、脱線してごめんなさい。 閑話休題。
 合理性は「スロー」を損なうか の私の答えは、とりあえず「NO」です。但し、バランスの問題が残ります。合理性が幅を利かせすぎると、「スロー」の入り込む余地はありませんものね。
 吉田さんは、やはり、スローライフの実践者でいらっしゃる…
このような場に、このような問題提起をしてくださること自体が「スロー」の心ではないでしょうか。(私の駄文をお読みになって、「ずいぶん無駄な時間を使っちゃったなあ〜」なんてお思いにならないでネ。ハ・ハ・ハ)

 宿題提出のつもりでHPを開けたのですが、吉田さんのテーマに惹かれてしまい返信ボタンを押してしまいました。
宿題はいずれ改めて…。 

合理性は「スロー」を損なうか  投稿者: 吉田 良子 投稿日:2005/02/17(Thu) 10:36 No.181

  「私が実践しているスローライフ」を投稿したものの、どうも何かしっくりしなかったのです。

 掲示板を読み直して、その原因が分かりました。私はスローライフのつもりで「歩くこと」を始めたのですが、いつのまにかシャカリキ(これって、静岡弁?)になって歩いているのですね。始めたからには続けねばならぬ!これってスローとは反対の指向ですよね。

 もう一つ、私はとても合理的であることを良しとする人間なのです。何の目的もなく歩く、なんてことは思いつきもしませんでした。行かなくてもいいところへ歩いていく?散歩?とんでもない!時間がもったいない!入力と出力の関係は、最低でも「イコール」、「入力<出力」が理想的、「入力>出力」はあってはならないこと、と思ってきました。今でもそう思ってます。


 こういう価値観って、スローと逆行してます?
 掲示板に、ご意見載せてください。(迷える老ひつじ、吉田 良子)

 
陶芸工房 朝 展について  投稿者: 朝(あした) 投稿日:2005/02/11(Fri) 22:17 No.177

 一日一日と日差しが強まって、春のおとずれも間近ですね。

ご無沙汰しました。何やかやと忙しい日々をすごしています。特に、三月三日から企画している作品展の準備は、時間との競争、何もかも自分でやらなければならないので大変なんです。

粘土を練って、轆轤をひいて、素焼きをして、釉薬をつくって、本焼きをして・・・・、それで成功ならいいのですが、ダメだったらもう一度焼きなおす。そんなことの繰り返しです。根気と根性のいる、まさにスローライフそのものみたいな仕事です。

さて、そうしてできた作品を見ていただこうと、作品展を企画しました。お言葉に甘えて、ご案内をさせていただきますね。

  日時  2005年3月3日(木)〜3月8日(火)
  場所  ギャラリー・ワタナベカメラ
      静岡市呉服町2-2-4・電話054-254-3571

静岡市の中心街、伊勢丹百貨店の向かえです。もし、この時期に静岡に御用のある方がいらしたら、ぜひお立ち寄りください。この期間中はこちらにつめています。(自宅アトリエの方は、留守になりますが) どうぞよろしく。

追伸、宿題、忘れてました。追って別便にて提出します。
「スローの会」もできるだけ出席したいと思っています、が未定。もう少し待ってください。


写真は、自作の 灰釉大壷 です。 

 

宿題提出  投稿者: 吉田 良子 投稿日:2005/02/10(Thu) 17:37 No.175

 

早いでしょう。昔からテストの答案用紙出すのはやかったなあ。点数はいつもわるかったけれど。

【宿題】
  「心をスローにすること実行委員会」のメンバーになってから、「心をスローにするとは、いったい何をすることなんだ?」と考え続けて、いまだに答えがでません。

 クヨクヨ考えることが「心がスローでない状態」であることはよく分かるので考えるのをやめて、「スロー」という単語の意味から知ろうと広辞苑を開きました。

 そうです。「スロー」というのは「遅いさま、のろいさま」でクイック(早いさま)の反対なのです。ですから「スロー」を実践するということは、普通なら5分でできることを10分かけてやることです。というわけで、素直な私が実践している「スロー」は、「歩くこと」です。


 @我が家から最寄駅までは徒歩10分ですが、一つ都会寄りの駅まで歩いてそこから電車に乗るようにしています。これが約25分。

 A霞ヶ関に行くときは、表参道、赤坂見附と乗り換えて、職場に横付けだったのですが、いっきに半蔵門まで行って、そこからお堀端を歩きます。これが約30分。

 B我が家の最寄駅からもっとも近い都会は二子玉川ですが、ここに買物などに行くときも歩きます(めったに行かないけれど)。これが約50分。

 C週に一度、生活物資を買いに行くスーパーは遠くて、歩くと約25分。私が到着する頃、夫が車に買物袋を積んで到着します。買物が済むと夫が車に荷物を積んで帰り、私は手ぶらで歩いて帰ります。往復で50分。


 ざっと、こんな具合に「スロー」を実践していますが、今まで電車や車で通り抜けていた辺りを歩いていると、いろいろな発見があります。

 皇居のお堀の風景はバッキンガム宮殿なんて、足元にも及ばない美しさであるとは、以前から思っていたのですが、太陽を受けて輝くお堀の水面の漣(さざなみ)の美しさは歩き始めて気付きました。季節により、時間によりいつも表情が違って、水面に漂う鳥とのハーモニーはいつも新しい小さな感動を与えてくれます。

 二子玉川までの道は狭くて、両側に金物屋や駄菓子屋があって、故郷の昔の町並みを思い起こします。スーパーを往復していると、家々の花に見とれます。季節感の乏しい私は、還暦すぎてから、いかに季節の花々を知らないかを知りました。

 15年も住んでいて気付かなかったのですが、墓地もあるのです。

 夫のお墓は本州の外れまで行かないとお参りできないから、生きているうちに近くのお墓を準備しておかないと、子供が不便するだろうな、なんて死後のことまで考えるようになりました。


 これが、目下、私が実践している「スロー」です。

 

   

マンタに恋して  投稿者: 喜代子 投稿日:2005/02/07(Mon) 20:17 No.173

ここしばらく 憧れていた 沖縄ちゅらうみ水族館に行ってきました。午前10:00から午後2:00まで 水槽沿いの喫茶室に陣取って たくさんの沖縄の魚と ゆらゆらと泳ぐ 数匹のマンタ(スペイン語のマント の意とか)に 見とれました。満足;; ついでに 人魚にも会ってきました。帰りは満開の避寒桜に送られて幸せな一日でした。

 

 

[こころをスローにすること実行委員会]

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