エネルギー・フォーラム社刊「イーピーレポート」視点欄に連載している最近のエッセイ

町内会のはなし”(2003年8月10日)

 当番制の町内会副班長の番が回ってきた。来年は班長である。町内にはご無沙汰続きなので、お詫びも兼ねてこの2年間は頑張るつもりでいる。

 役を引き受けて、初めて自分の住んでいる地域のことが見えてくる。実に多くの活動をしている。役員はその世話係りでてんてこ舞いだ。月一回の町内清掃日、夏のラジオ体操、秋の運動会、歩け歩け運動日、子供会、長寿会、独居老人宅への週一回の昼食作り・配達、花いっぱい運動参加作品制作、暮れの火の用心の見回り、などなど。

 難にあった子供が逃げ込むことのできる家も多く配置されている。が、最近の話題は、地域の保安、そしてどうしても子供の補導についてになる。昔のようによその子供に気安く注意ができないのだそうだ。凶暴に刃向かってこられたり、恨みをかって後で困る事態になりかねないらしい。でも、これはこうした子供を育ててしまったわれわれ現在の大人たちに責任がある。子供に申し訳がない。

 子供たちに絵を描かせて、心を分析している学者の話を聞いた。子供が、自分の顔をのっぺらぼうに描き、後ろに小さく家を描く。そしてその家には誰もいない。何と辛い空しい心か。

 私は以前から、夕刻暗くなっても、団地の殆どの窓に明かりが灯らないのが気になってしかたがない。子供はどこへ帰るのか。

 現在のコミュニティーは、地域型ではなく職業型だとよくいわれる。仕事のつき合いは多いが、地域のつき合いはない。かつては母親や祖父母が地域の繋がりを保っていたが、今は祖父母はいず、母親も仕事に縛られている。その狭間に子供が陥り、藻掻いていることが気づかれずに過ぎていってやしまいか。道で子供を見かけてもどこの子か分からない。

 どうしたらいいか。昔は町内の清掃は子供の役割だったことを思い出し、「せめて町内清掃は子供に任せましょうよ」と町内会長に言ったが、子供の数が少なくてどうしようもないとのこと。何とかしなくては。

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