水木楊著
電気新聞
1470円
大停電は起こるものと想定するようになったが、せいぜい長くて3日といったところか。が、この小説では思い切って3週間にわたる首都圏大停電を設定していて、画期的である。
3週間も電気が無ければ社会は完全に滞り、新しい体制が芽吹いてくる。無政府状態の東京から首都機能の移転が始まる。官邸、官庁、皇室が京都に移る。横浜山下公園のキャンプファイアーに端を発した地域コミュニティーのボランティア活動「楽停電」が、各地広場に広がる。防衛庁と在日米軍は「スクランブル態勢」に入り、東証は「取引停止」、総理は「銀行閉鎖」を宣言する。
大停電が起きた原因の設定は衝撃的だ。いわばある種のサイバーテロなのだが、完全に密閉されている内部専用回線にウイルスが…といったところ。
電力エネルギーと電気通信で動いている社会。でも、電気が無くなったときの人間力が、そう悲観しなくてもよさそうでほっとする。
本著は「水が、無くなる日」、「電気が、無くなる日」、「名刺が、無くなる日」の三部からなる近未来オムニバス小説。
「水が、無くなる日」は、ミネラルウオーター製造会社の工場長が主人公。工場を愛し、そこの地域を愛し、そこの地下水を愛してやまない。ところが会社は巨大外資のM&Aにあい、彼は首。町興しのために巨額の資金でウォーターピアなる観光施設を構想する新経営陣に対し、大切な水資源を守るべく町長選に押される彼。古巣に「水資源税」を課すなどユニークな発想が展開する。
「名刺が、無くなる日」は、新聞記者が退職して作家になり、名刺の無くなった生活に居ることが描かれている。記者という職業は元来、自由自立の精神がなければ勤まらないであろう。普通のサラリーマンは名刺に守られ名刺社会に生きているので、その支えたる名刺が無くなった時の自分探しは、より深刻で切実で、酷い試行錯誤があると聞くが。
P・D・ジェイムズは『トゥモロー・ワールド』で、1995年以来子供が生まれなくなった世界の2021年のある事件を著している。子供が無くなる、つまり人類という種が恐竜のように滅ぶのである。
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