『イタリア紀行』上・中・下

ゲーテ著
相良守峯訳

岩波文庫
上 660円+税
中 660円+税
下 700円+税

 

 先般、私はイタリアへ三度目の旅をした。 行く都度に関心が深まる。そこで、長年本棚にあったこの一冊、いや三冊を繙いてみた。

  文豪ゲーテが一七八六年九月から八八年四年の一年半、憧れの地イタリアへ旅した記録、その芸術への深い考察を綴ったものである。ゲーテの当時はまだ存在していた建物(ラファエロの別荘など)や絵画、美術品が今日では失せていたり、別の蒐集家(国)の手に渡っていたりと、古典たりとも芸術の生々しい現実味を覚える。システィーナ礼拝堂の法王の祈りの椅子で昼寝するなど、ゲーテならではの役得も芸術の日常性を伝えてくれる。

 この旅はワイマール宰相の激務から逃れるごとく一人で出立した。商人に身を隠し隠密理に。
  北方人がバイエルン地方、チロルの山々を駅馬車を乗り継ぎ、南方へ胸ふくらませて疾走する。土地の風土、植物、鉱物へ関心を注ぎながら。ベローナ、パドヴァ、そして今度は乗合い船でベェネチアへ。

 ベェネチアには十六日も滞在して、劇場や聖マルコ広場、街中を観察し、ゴンドラで遠出もする。ゲーテのイタリアへの夢は、父がイタリア旅行から持ち帰ったゴンドラの美しい模型が育んだ。

 ポー河でフェラーラ、ボローニャと。アペニン山脈は二輪馬車でペルージャへ。途中フィレンツェを過ぎるがここには興味を示さず滞在せずひたすらローマへ向かう。アッシジでは聖フランチェスコの葬られた寺院は気に入らず、避けて通る。

 そしていよいよローマに。十一月一日に到着。四ヶ月間滞在し、その後ナポリ、ポンペイ、シチリアと巡る。
  時にベスヴィオ火山は激しく噴火している。火口が覗きたくてしかたがない。

 六月にローマに戻り、翌年四月まで再度滞在する。
 やはりローマは得るところが大きかった。
  写生を学び、人体学を学び、鑑賞眼も培う。貴重な蒐集品も多く得た。
  ローマの謝肉祭を克明に綴って、人生の容易ならぬことを提示したりもする。
  『タッソー』、『ファウスト』、『エグモント』などが推敲され、完成された旅。
  ゲーテ三十七、八歳の時である。

 この紀行は、旅行後三十年にしてようやく編纂出版された。 

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