ヘルマン・ヘッセ著
フォルカー・ミヒェルス編
岡田朝男訳
草思社 1900円
一九四六年にノーベル文学賞を受賞したドイツの詩人・作家ヘルマン・ヘッセが、開戦(第一次世界大戦)前、中、後、あるいは晩年と、その時代時代に、家庭を慈しんで築くと同時に庭造りにも励んだ様子を、ヘッセ研究第一人者フォルカー・ミヒェルスが、ヘッセの詩や童話、手紙、庭に咲く花々のヘッセ自筆の水彩画、写真などで、優しく編集したのが本著である。
ヘッセの自然の捉え方、そこから生まれる人へのいたわりの思考、社会、時勢の捉え方などを、生のかたちで窺い察することができる。
草花や樹木の生育や枯れ朽ちてゆくさまに、人の生涯を重ね合わせて精神性を追求していく。この本に収められた詩や童話が、素朴で、ありのままの自然と対話していて、実にいい。読んでいて、こころを洗われるようである。特に、人が老年に達していく心境が全編にあふれている。
庭作りを、精神の構築と捉えていたのではなかろうか。「一区画の土地に責任をもつ」というエッセイで、“(農家のこと)その生活は、精神的でも英雄的でもないけれど、まるで失われた故郷のように、あらゆる精神的な人間とあらゆる英雄的な人間の心をその本性の核心でひきつける。…その生活の根底をなすものは、信仰であり、大地、水、空気、四季の神性に対する、植物と動物の諸力に対する信頼だからである。”といっている。
庭仕事なしに彼の思考、作品も生まれていない。だから片手間や趣味ではなく、一日の内半日近くを庭仕事に費やしていた。
極度の近眼のために兵役検査で跳ねられ、自ら戦地で戦うことなく、平和な外から戦況を憂うことを強いられる苦悩があった。大量生産、大型市場体制の下、自然が破壊され、環境が壊されていって、自然の農産物の生態系が崩れてゆくことに危惧の念をもっていた。学歴主義や官僚主義にも否定的である。そうしたことなどから、世間から誤解されて評されていた時期もあった。
現代と同じ社会問題や環境問題がすでに彼の時代に現れていた。「対照」というエッセイで、“健康、有能、あさはかな楽観主義、一切の深遠な問題を嘲笑して拒絶すること、挑戦的な問題提起を怠情に卑怯に回避すること、瞬間の享楽を追い求める生き方―これが現代のスローガンである”といっている。
それに気づいて指摘していたところに、詩人で、作家で、しかも時事評論も多く記したヘッセの、繊細で現実的な感性を窺うことができる。
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