ダン・ブラウン著
越前敏弥訳
角川書店
上下各 1800 円
西欧歴史の精神を貫く重要なキーワードである「キリスト教」の、いわば内部勢力争いを主題に取り上げている。近年、「聖杯」伝説をモチーフにした話は多く、この小説もその一つで、謎解きの格好のテーマらしい。
レオナルド・ダ・ヴィンチが描き、生涯手放さなかった不思議な微笑みの「モナ・リザ」が、両性具有とはよくいわれることである。そして、近年修復が終り、色鮮やかに蘇ったのが「最後の晩餐」。筆者も昨年ミラノで観て来た。実際にはそれほど色鮮やかではなかったが。兎に角この小説では、鮮やかに蘇って、絵に「聖杯」が描かれていないことが判明したとしている。そして、キリストの隣りに座る人物の胸のふくよかなことが分かった、女性ではないかと、推理は進んでいく。
なるほど、筆者がみやげに買ってきた「最後の晩餐」の写真をよく観てみると、キリストの前に聖杯は描かれていないし、隣りの人物は女性的でないこともない。
こうしたことなどが重要な手掛かりとなって、ある謎を解き明かしていくのである。
1975 年にフランス国立図書館が発見したという史料「秘密文書」で、 1099 年に設立された秘密結社シオン修道会のそうそうたる会員が明らかになったそうだ。アイザック・ニュートン、ボッチィチェリ、ヴィクトル・ユーゴー、コクトー、そしてレオナルド・ダ・ヴィンチ。ダ・ヴィンチはシオン修道会の総長を務めた。 1000 年にわたりどんな秘密を厳守してきたのか。この小説では冒頭、ルーヴル美術館館長が殺される。
世界最古の暗号解読器を開発したのもダ・ヴィンチとなっていて、文字置き換え手法のアナグラムや、前の 2 つの数を足した数が並ぶフィボナッチ数列の解読で謎解きは進む。
シオン修道会を造ったテンプル騎士団やニューヨーク市に本部ビルを建設したオプス・デイという教派、そしてイギリスのアーサー王伝説が絡んだりで知られざるキリスト教を充分楽しめる。
「それでも地球は回る」といって処刑されたガリレオの地動説は、今日のキリスト教社会でも学校で、低学年の子供に教えるのが憚れると聞いたことがある。それ程、キリスト教の教えは、近代科学思想とは別に、西欧人の骨の髄まで染みとおっているのである。「聖書」をも自由に解釈できる著者の視点が、目から鱗の落ちる感を抱かせる。
一般の敬虔なキリスト教徒がこの小説にどのように接するのか、知りたい。
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* 後日、知人がスイスのある湖畔で英語でこの本を読んでいたら、旅行者らしいオーストリア人の夫婦から、「私たちはそんな本は読みません」と声を掛けられたと話してくれた。
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