梅原猛著
小学館 1000 円
この本は、 2003 年におこなった講演に加筆したもので、口語的に平易に、しかも的確に彼の思想を著わしている。
著者は、昨今の日本の滅亡にも近い状況、青少年の凶悪犯罪や親による子の虐待、政治家・役人の汚職、金銭トラブル、一流企業が嘘の表示で食品を売る、などなどの原因を、日本人が道徳を失っていることにみる。
戦後、日本は軍隊をもたない民主主義国家に生まれ変わったが、平和憲法と対に在るべき道徳が忘れられてきた。学校では殆ど教えていないし、家庭でも、勉強しなさいとはいうけれども、人間はどう生きるべきかとか、何をしてはいけないかということは厳しく教えていない。このことが、大きな問題を引き起こしている原因だと説く。
そこで、道徳教育の必要性を訴える。著者の説く道徳教育の特徴は、戦前の教育勅語とは全く異なること、道徳は人間だけにあるのではなく動物にもあるということ、道徳の根源を母ごころに置くこと、そして、よりどころとなるは仏教の教えである。
日本は明治維新によって近代化を果たし、西欧の植民地化を避けるために富国強兵策をとり、その精神的支えとすべく廃仏毀釈をして天皇のみを神として敬う修身教育が行われていた。戦後敗戦で廃止されたが、著者はこれの復活など全く考慮にないのはあきらかだ。
動物の道徳は、自利と利他がおのずからバランスを保っていて、秩序を乱すことはあまりない。人間は欲望が他の動物より複雑で肥大しているので、それを抑えなければ社会の秩序は破壊する。ここに、生きとし生けるものを殺生してはいけない、自然と共生するという仏教の思想がいきてくる。
キリスト教は、旧約聖書に人を殺すなかれと書いてある。生きとし生けるものを殺すなとは書いてない。同じ神を信じている人を殺してはならないとあるのだ。他ならばいいと読めなくもない。キリスト教との違いがここにある。
仏教には、戦争の危機を和らげる多神教的考え、人間中心主義がもたらした環境破壊の解決を見出すことができるとしている。
道徳の根源を母ごころにみる。母ごころとは無償の自利利他のこころである。それは動物にもある。著者は海亀の産卵時の涙をみて悟る。そして昔の母親は、学校の成績が悪くても叱らなかったが、嘘をつくと猛烈に叱ったものだと。仏教で人気のあるのは観音様。性はないが、千手千眼観音さまなど多くの慈愛を下さる母のようだからだ。
母は家庭の中心であり、道徳は本来家庭になければならないものだと説く。
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