手嶋龍一著
新潮社 1500円+税
著者は、NHKでボン支局長やワシントン支局長を務めたベテラン国際政治記者であった。その職業に基づく国際情報は、計り知れないほどの質と量であったろう。
この小説は、著者が退職後に上梓した、「インテリジェンス」を主題としたものである。インテリジェンスについて、本著でオックスフォード大学における英国秘密情報部リクルーターに、「大文字で始まるスンテリジェンス、これは知の神を意味することは知っているね。…さかしらな人間の知恵を離れ、神のような高みにまで飛翔し、人間界を見下ろして事態の本質をとらまえる。…知性によって彫琢しぬいた情報」と諭させる。
若き日の主人公は、「雑多な情報のなかからインテリジェンスを選り分けて、国家の舵を握るものに提示する。本国の情報分析官は他のさまざまな情報とつき合わせて、事態の全体像を精緻に描き出し、政治指導部に供する。こうしてインテリジェンスは国際政治の有力な武器たりえる」と悟る。
主人公は英国情報士官スティーブン・ブラッドレー。表の貌は英国BBC東京特派員。愛車はブリティッシュ・グリーンのMGBロードスター、コンパーティブル七二年型。湯島天神の裏手の日本家屋に住む。浮世絵、和服、篠笛、新橋料亭と、日本人より日本通。
京都の浮世絵オークション会場で携帯が点滅。「ウルトラ・ダラーあらわる」の一報が画面に。
ウルトラ・ダラーとは北周りルートの新種偽百ドル札のこと。極めて巧緻で、米国造幣局が刷ったドル紙幣でないというだけのものなのだ。80年代終わりにスーパー・ダラーが出現したが今回はその上手。米国は偽札を通貨のテロと捉えている。米ドル紙幣の三分の二は米国以外の国で流通しているのだから。
このウルトラ・ダラーがどこでどうしてつくられ、どのように洗浄されて、何に使われようとしているのかが、情報戦で明かされていく。
各国での熟練工の拉致事件、米国財務省シークレット・サービスや日本のアジア大洋州局長らの動き。さらに、モスクワの北朝鮮大使館やハイテク技術で躍進する日本のドル偽札検知器メーカー、0.04ミリという極小無線ICタグメーカーが絡む。そして、パリのサン・マルタン運河をゆくウクライナ貨物船追跡へと照準が核兵器テロに替わる。
最後に思わぬ結末が。
北朝鮮の「テポドン2」発射間近かかという情報戦が、如何に戦われているか現実味を帯びて気がかりだ。
[今週の一冊へ]
Copyright © Etsuko Shinozaki 2003-2015 all rights reserved