白洲正子著
新潮社版 1700円+税
小気味良く真実をとらえた、歯切れのいい随筆集である。
それもそのはず、著者は薩摩隼人の海軍軍人樺山資紀伯爵の孫娘。そして母方の祖父は川村純義。勝海舟の跡を継いで海軍省の基礎を築いた海軍大将。海軍を去った後は、皇孫(昭和天皇と秩父宮)の養育係りとして自宅で起居をともにしていた。十八歳で白洲次郎に一目惚れして結婚。「韋駄天お正」、または目利きといわれるに至った威勢のいい人生は、『白洲正子自伝』に詳しい。
“夕顔”という、この本の題名に使われた随筆で、わたしたちは東洋と西洋の文明のはざまで何か大切なものを見失ったのではないだろうかと語っている。東洋と西洋に身を置いた著者の、東洋特に日本を大切に抱くこころが、他の随筆のいたるところにも伺えるのである。
夕顔を愛でて毎年育てているが花開く瞬間を見たことがない。その瞬間に立ち会おうと一つの蕾に集中し見つめ始めた。七時を過ぎても咲かない。すると微かに震えたような動きをして首を垂れてしまった。他の花はみな元気に咲ききっている。十一時まで見続けたが、とうとう地に落ちてしまった。三日続けたが結果は同じ。花を咲かせるという重大な秘事を凝視されることに夕顔は堪え難かったのかと気付く。日本のお能や昔の文学、宗教思想では、草木が人間と同等に考えられていたことに思いが至る。源氏五十四帖の巻名は全て自然の風物。夕顔が花の精か人の女か知れず、暁を待たずに死んでゆく場面に、蕾の落ちたのを重ねて思う。日本に昔からあったこうした人間と植物の細やかな交流、文化の伝統を宝の持ち腐れにしてはいけないと、デリケートな花と知りつつ野蛮な実験行為をした自分に、夕顔だけにでなく他を思い遣る心に欠けていたと詫びるのである。
“「あそび」の文化”という随筆では、著者の念頭に常にあったのは「あそび」の文化であったことが記されている。特に遊女に興味があったと。性は聖なる行為で、巫女から遊女へと受け継がれ、日本の文化に重要な「あそび」の世界を形作っていて、これなくして和歌も能も茶道も歌舞伎も存在しないと。関連して、西行や民芸についての記述もたいへん興味深い。
著者の人間関係は超一流で、秩父宮妃、小林秀雄、河上徹太郎、吉田健一、青山二郎、地方の文化人などなど。彼らとの交流も読み取れる。あの小林秀雄からは、「人間は遊んでいる時に一番進歩するものなんだよ」と助言されたそうだ。
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