『遥かなるケンブリッジ 一数学者のイギリス』 藤原正彦 新潮文庫 520円+税
ケンブリッジ大学へ1年間の文部省研究員として数論の客員生活を送る。時はサッチャー政権時代。家族連れで。
独身時代に3年間アメリカの大学で教鞭をとっていて、英語はできるつもりでいた。が、イギリス英語が分からないのに最初のショック。テレビのニュースを見ていても半分も分からない。
「一応はノーベル賞をもらっている」と言う学者が飄々と大勢いる。まっ変わり者ばかりか。親しくなると実ははにかみ屋で寂しがり屋で優しい人達だと判明。
6歳の子どもが学校でのいじめに遭遇。公立学校が荒れていた当時だ。信州の餓鬼大将だった著者が喧嘩に勝つ秘伝を伝えるが…。イギリスの身分制度はいまだに尾を引いている。由緒ある伝統の私立パブリックスクールを何故「パブリック」というか。つまりは古くは貴族は、子弟を我が家で家庭教師をつけて独自に教育していた。それが難しくなってくると一か所に集めて寄宿生とし集団で教育するようになった。これも当然私立であるが。これでパブリックというのである。この独自の個別の教育という考え方は堅固な個人主義としてイギリス人魂(アッパークラスまたはアッパーミドル)に受け継がれている。この社会に漱石ら友も作らずにいると孤立し神経を病んでしまうのだ。
それ以下の下層の人々が妬みなどで荒れているのである。米語の発音が出てしまうと見下される。トマトは英語、トメイトは米語と。アメリカは下等なのである。
このように、タクシーの運転手からノーベル賞受賞者まで出会った人々との交流を通して面白くユーモアたっぷりに記している。
このユーモアもイギリス人の特徴。駄洒落とは違う。イギリスが斜陽とかサッチャー政権が失敗したのも彼らは自覚しているが、アメリカ流の現代経済発展にはついていかない。かつての独創的な個人の発明が発展を輝かしいものにした方法は、個性が埋没し巨大資本で高度技術をインターネットで一律体制を固める様子には組せないのである。こうした自分らを距離感をもって眺め、余裕のユーモアで突き放す。人生の不条理を突き放しユーモアをもって悲観主義に陥らないようにする。いわば無常感に通ずる、とみる。
一年間とはいえ、数学者として研究だけでなく、オックスブリッジで特別講義をしたり、クイーンズ・カレッジでスーパーヴィジョンのフェローを頼まれ教育にも携わった著者のイギリス生活の体験が奥深く分析されていてとても良い著書だ。
トランプなどを出すアメリカよりは、権威ある学会などで賞をもらっても威張らず密かに小さな庭の手入れに明け暮れるというイギリス気質の方がいいと思えるのは、私も年取った証拠かな。
いい本と出合える。だから、読書は止められないな。
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