『よい旅を』 ウィレム・ユーケス 新潮社 1600円+税
何気なく本屋で手にとった。
帯に、著者は98歳、言葉にならない深みで心を動かされたとの谷川俊太郎の言葉がある。買った。
戦前の神戸での長閑な日本的暮らし、太平洋戦争下のオランダ領東インド(現在のインドネシア)での日本軍通訳として暮らし、日本軍転覆を謀ったとしての日本軍刑務所の過酷な日々を、戦争を生き抜いた知日家オランダ人の回想録である。
題名は、直訳だと「針の穴をとおって」というマルコ福音書の「金持ちが神の国にはいるよりもラクダが針の穴を通る方がまだ易しい」に由来する。
あと1週間戦争が続いたら死んでいただろうという。主な理由は飢餓。日本に住んでいたことがあり、日本の礼儀作法を多少は心得ていてお辞儀も出来たから。憲兵隊、軍律会議、チピナン、スカミスキン、アンパラワを生き抜いた。
オランダ人女性抑留所で日本人や朝鮮人の見張りが残忍であったのは、日本での女性の地位が完全に男性より下であったからだとみている。
夫が妻を殴るのは全く問題ないことだったと。オランダ人女性は男性にむやみに謙ったり頭を下げたりしないから、日本人からみて生意気で頑固に映った相違ない。
ヴァチカンが何世紀にもわたるカトリック教会のユダヤ人への攻撃を謝罪するまで2000年かかったことも忘れずにいたい。が、日本政府も、戦後70年近く、国家としての慰安婦に対する謝罪と賠償の要求に応じていない。いかなる宗教をもってしても(神道や武士道をさすと思える)決して許されない態度だと思っている、と。
クミスという見張りが、職業軍人の誇らしげな表情で、中国人ゲリラを山岳部まで追跡し過激な攻防の末、空腹に耐えず中国人ゲリラを殺して焼いて食べたと話して聞かしたとも。
針の穴を通って生き延びたが、戦傷後遺症に悩み結核、精神病等に罹る。
オランダ政府の帰還者に対する未払い給料の拒否やオランダ社会の無理解などにも苛まれる。
オランダという国が、今はもう違おうが、日本に対する毛嫌いがこれ程強いものだとは、迂闊にも私は知らなかった。著者は違うが。
映画などで、日本人がドイツのナチと同様に描かれているのを間々見受けることがあり、こころが痛む。
98歳にして、いまだ記憶されていることは、かなり鮮明にこころに焼き付いたのであろう。
が、この本では、全てがうっすらと白い霧に包まれているように映り、妙に安らかに読めた。
ユダヤ人強制収容所からの生還を書いたヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』を思いだしながら読んだ。こちらも壮絶な体験を綴っている。
人間とは何なのか。現在も世界各地で、戦争、内紛、拘束、斬殺が行なわれている。
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