フランスの旅

海外旅行記

8日目(12/15)

ベルサイユへ

スーツケースも届いたことだし、身なりを新しく整えて心機一転、いざ出発。
(ここだけの話し、「毎日同じ服で写真に写ってて可哀想だ」と奥さんのことを言って、添乗員さんに食ってかかっていた男性がいた。
で、どんなに素敵な服に着替えてくるかと期待して見たが、さっぱり代わり映えがしませんでしたよ、ふふふっ。)

私は何度目のベルサイユ訪問かな。
4度か5度目。

ベルサイユ宮殿が見えてきました。

ベルサイユ宮殿

パリ郊外のうっそうとした森に、太陽王ルイ14世が新たな王宮を建設。
1682年から1789年の大革命勃発まで、フランスの政治、芸術の中心となる。


正面。
左側にルイ14世騎馬像。

ずっと先、王の中庭を通って、
中に入ります。


王宮礼拝堂とその天井画。


廊下が遠くまで。


太陽王ルイ14世。

鏡の間に。
ここの大量の鏡やシャンデリアは、連れてこられたベネチィアの職人の手による。ベネチィアでは、それ以降ガラス工芸技術の流出を防ぐために、ガラス職人をムラーノ島に集めていわば拘束した。

王の居室


王のベッド


その隣に執務するデスクが置かれている。
大臣たちがここで討議、と言うかお伺いをたてる。

窓から外の北の花壇を見る。


王妃の居室


王妃のベッド


ルイ16世の王妃マリーアントワネットと子供たち。
『マリー・アントワネット』上・下シュテファン・ツワイク著岩波文庫がおもしろい。

ナポレオンの戴冠式の絵

ダヴィッド作


法王は後ろで苦虫をかみ殺している。
ナポレオンは王冠を王妃ルイーズ(でしたっけ)に掲げている。


外に出ました。
西に広がり伸びる広大な庭をバックに。
この広大な庭と言おうか森のずっと奥、向かって右側の一角は、マリーアントワネットが退屈しのぎに農婦になって田舎仕事を楽しんだ、本当の農家や畑、水車などを設えた農村も造られている。酔狂な話しだこと。
30年くらい前に行って見た。


水の前庭から王宮西側正面を見る。


ネプチューンの泉
いたるところに泉や運河、池がある。
この水を遠くから運河を敷いて、地下にも、そして各地に水を供給している。
もの凄い配水のシステムだ。
(今は冬。水もお休みで空)


王妃大通り。
ネプチューンの泉の側から庭園中央のフローラの泉あたりに伸びている。
右側に高級ホテルトリアノン・パラス・アンド・スパがある。
まだまだ王宮の近くの地だ。
近くと言っても、2、30分は歩いて来た。

 

パリの街中に戻ってきました。

コンコルド(調和)広場

凱旋門とルーブル宮を一直線に結ぶ線上にある。
地下道に入るところからコンコルド広場をパチリ。

この地下道だったか、英国ダイアナ元皇太子妃が自動車事故で死んだ箇所に記念碑が。
確か入り口にも記念碑があった。

ルイ15世広場」といわれ、1775年にルイ15世の騎馬像を飾る目的で造られた。
大革命勃発後はギロチン台が置かれ、ルイ16世やマリーアントワネットら1343人が大衆の目前で処刑された。
その後名前をコンコルド(調和)の広場と変えた。


エジプトのルクソール神殿にあったオベリスク
1833年にエジプトから贈られたとしてあるが…。


オベリスクの左右に置かれた噴水。
この噴水上に8人の女神像があり、フランスの8大都市を象徴している。

 

ルーブル美術館

ルーブル宮の中にある。
13世紀、フィリップ2世によって城塞として造られた。
16世紀に諸王の居城として宮殿が増築されて、以来ルイ15世がヴェルサイユ宮に移るまで使われた。
その後、ナポレオンが敵国からの戦利品を収める館とし、その後も蒐集が続けられ、ナポレオン3世によって現在の美術館の姿になった。
ルーブル宮には、ルーブル美術館の他に、装飾美術館、広告美術館などがある。
たしか、財務省もこの中にあったはず。今はどうか。

革命200周年を記念して、故ミッテラン大統領の改造計画により、1989年、中庭にガラスのピラミッドが出来た。

地下の駐車場から入ると、逆さピラミッドのある場所にくる。

 

館内。


ミロのヴィーナス
1820年、エーゲ海のミロ島で発見。紀元前1世紀のものとみられる。


サモトラケのニケ
1863年にサモトラケ島で発見された、勝利の女神と考えられている。
ニケはナイキと読み、スポーツ具メーカーの社名「ナイキ」と。


王冠。


窓から、ガラスのビラミッドを望む。


ナポレオンの戴冠式。
1804年、ノートルダム大聖堂でおこなわれたものをお抱え画家のダヴィッドが描いた。
ほぼ同じ物がヴェルサイユ宮殿にもありましたね。
ダヴィッドは2枚描いた。


モナ・リザ
以前観たときにははだガラスで覆われていなかったが。
相変わらずの人気で大勢の人が囲んでいる。


民衆を導く自由の女神
ドラクロワ。
1830年の7月革命を描いている。
女神が左手に銃、右手に「自由・平等・博愛」の三色旗を掲げている。赤、白、青の三色旗は今日のフランスの国旗となった。


凱旋門

オーステルリッツの闘いに勝利した記念に、1806年にナポレオンの命で着工。
1836年に完成
1821年、流刑地セント・ヘレナ島で没したナポレオンは、未完の凱旋門をくぐった。

 

セーヌ川クルーズ
バトー・ムーシュで暮れなずむセーヌを遊覧。


船着き場から見たウッフェル塔

 

ラファイエット百貨店のクリスマス・イルミネーション

今日はこれでお終い。

シャンゼリゼ通りのクリスマス・イルミネーションを是非観たかったのですが、交通渋滞を懸念して、違う通りで帰って来ました。
明日はもう帰国です。

 

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