篠崎悦子
“ スロー ” という言葉使いはスローフード運動から始まった。
スローフード運動とは、 15 年前に北イタリア・トスカーナ地方のブラという小さな町で起った。そしてスローフード協会を設立した。趣旨は、ファーストフードに反対のスローフードを守るということ。
ローマにマクドナルドが出店したのを機に、 3 分間待つだけで世界中どこでも同じ味のあのファーストフードに子供たちが親しんでしまうと、人としての本来の味覚、家庭の味を知らなくなっていく、それではいけないということで、運動を提唱しだした。
取り組みは 3 つある。@伝統的な郷土の食材、料理、ワインを守る。A質のいい地元の小生産者を守る。B子供たちを主にして消費者に味の教育をする。
この運動が瞬く間に世界中に広まった。日本にも上陸した。
先ず、 ” スロー ” とおよそ縁のない企業社会がマーケティング用語として使い始めた。
そして、多くの町や市でも、地元の豊かな自然や生産物を守り育てていくためにスローフード宣言、車やものごとのスピードを抑え、高齢者や身障者、子供たちが安心して社会参加できる試みを始めていくためにスロータウン宣言などをするようになった。
循環型社会形成推進基本法に基づく国の循環基本計画では、ゴミ排出者としての国民に自然と共生するスローなライフスタイルへの転換を求めた。
昨年秋、実際に現地ではどうなっているのか見聞するため北イタリアに出かけてみた。トスカーナ地方はぶどう畑が一面に広がっている、イタリアの誇るワイン、生ハム、チーズの本場である。
行ってみると、「スローフードって何 ? 」というのが一般の市民の反応である。「スローフードなどとわざわざいわなくとも、本来イタリアの暮らしはスローフードそのものなのだ」とは、エノテカで昼食をしながらスローフードについて話してくれた若い支配人のダニエルさん。エノテカとは、地元のワインを主体に、ワイン博物館、ワイン販売、ワインの試飲などをしているイタリアによくあるレストランのこと。まさにスローフード運動を実践しているのである。ここはスローフード協会の会員で、入り口に会員証のカタツムリ・マークが貼ってあった。
そして、なんと昼食に 3 時間はたっぷりとかけるのである。日本からの旅行者としてはハラハラものだ。次のスケジュールが詰まっているのに…。しかし、彼は焦りもしない。隣りのテーブルで 20 人くらいと大きな犬一匹の家族パーティーが始まった。 90 歳のおじいさんの誕生日祝いらしい。彼とは親しい家族のようだ。そのホストも務める。
本場のスローフード運動を垣間見てきたわたしは、これからの自分のライフステージにスローの精神を取り入れることにした。
効率、スピード、新しいもの、都会、世界、若さなどばかりを追求して、汲々としてきた日本社会。これだけ豊かになったのだからちょっと停まってゆっくり考え直す余裕はあるはずだ。
スローの考え方は方向転換の大きなヒントを秘めている。そう思って、「こころをスローにすること実行委員会」を造り知り合いに呼びかけることにした。何でもいい、自分のこころをスローにできることを実行して皆に勧めていきましょうというもの。
わたし自身の実行とお勧めは、会社を退職してフリーになったこと、この会には和服を着ていくことである。そして忙しいという言葉は使わない。この会は 2 ヶ月に 1 回のペースで、平日の昼食を 2 時間かけてゆっくり開く。時間がなくて忙しくてという人はゆとりが生ずるまで入会延期だ。
「忙しいと心を亡くしてしまいますよ」とは、一番時間のないはずで、しかもユーモア精神に溢れる参議院議員加納時男氏の言葉である。なんとも、正にその通りである。
(社)日本電気協会月刊「電気協会報」
2004年9月号
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