昨夜の宿泊ホテル
大足賓館
ここも立派でした。
周辺の山々に唐代以降5万体の石刻が刻まれた。
先ず、宝頂山に行く。
ついて短い距離を人力車に乗った。
私の乗った車は力強いおばさんが腰をしっかり振り振り、自転車を漕いでくれた。
人力車を降りてから、小学生の通学途中のめんこい子供たちとすれ違った。
この道から、大仏の涅槃像がうかがえた。
涅槃像の手前にくねる小川は、悟りの境地とこちらの俗界を区分けている。
涅槃像の頭のさらに奥にある龍の頭、たしか9つだったが、それもはっきりとうかがえる。
さて、入り口から入りましょう。
宝頂山は、南宋時代の1179年から70年かけて造営された石刻群。
大きな優しいお顔だ。
仏教の基本教化を描いた六道輪廻図
涅槃像
30mの長さ。
仏教の教えを説いている。
親孝行。
悪行をして地獄の責め苦にあっているとこる。
こちらは唐代の892年から250年かけて造営され、500mの長廊に5000体の仏教石刻がある。
孔雀明王窟や心神車窟など。
岩を掘り刻む、いわゆる窟が多い。
昼食を終えて、空港まで2時間をみて出発。
重慶市をかすめて空港へ。
重慶市街を汚れたままで通ると罰金だ。
なにしろ、デコボコ道、砂ぼこりの中をひたすら走ったのだから。
洗車してから出発。
四川省送電線の鉄塔。
丸い。
これは、普通車のナンバープレートを撮りたかったのでーす。
青い地色に白の数字。
日本では治外法権車を示す外交官などの乗る「外」の車とそっくり。
つい、外交官が多いなと思ってしまった。
重慶市内に差し掛かる。
市街。
重慶空港
空港内。
国内線でも身分証を提示している。
上海行きのゲート近くのロビー。
* 重慶は、日中戦争中、旧日本軍がここまで攻め入ったところ。抗日運動の最後の拠点だった。この重慶で日本軍は5年余りの間無差別爆撃を行った。中国側の記録で2万人の死傷者が出た。
都市住民を攻撃対象にした戦略的空襲の先駆けで、これ以降、ドイツ軍によるゲルニカ、米英軍によるハンブルグやドレスデン、そして、東京大空襲、広島・長崎への原爆投下と戦略思想が連鎖発展した。
06.10.26の新聞に、この無差別爆撃の責任を問う裁判が東京地裁で始まったとの記事が載った。訴訟は爆撃で傷を負ったり家族を失った40人が、今年3月に提訴。日本政府に謝罪と一人1千万円の賠償を求めたもの。
国内線の外に出たところ。
バス発着の案内。
上海バンドの夜景
上海は泊まるだけで、明朝早くに出発帰国の途につくので、送迎バスにバンドの夜景をみるため回り道してもらった。
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