『薔薇の名前』

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読書日記

2013年05月17日

『薔薇の名前』上 ウンベルト・エーコ 東京創元社 2300円+税

ショーン・コネリーが出演した映画を見て、読んでみたくなった。
ヨーロッパ中世、キリスト教が腐敗に落ち込んでいた時代の、宗派間の争いや教皇(宗教)と皇帝(俗世)との争い、貧困と富の争い、異端や邪教、悪魔との争いなどを、中世美学、トマス・アクィナス研究、暗号論に詳しいイタリア人学者が綴っている。
思想の違いや争いが、戦いや撲殺・皆殺しに発展していく。今日でも同じだ。

イタリア北部にある世界有数の蔵書で知れ渡っているベネディクト派修道院が舞台。
雪深い修道院での1週間余りの出来事。
うら若いベネディクト会見習修道士アドソは、裕福な父の薦めで、フランチェスコ会修道士バスカヴィルのウィリアム(映画ではショーン・コネリー演じる)に付いて、修行の旅に出る。
ウィリアムは、皇帝の密書を携えてその修道院に遙々と行く。
その修道院では、ひた隠しにしていた怪事件が起きていた。
異端審問官だったウィリアムは院長に隠密に捜査を依頼される。

キリスト教の教義・思想・伝承を守り抜いている中世修道院。それが知的世界の全世界である。多くの修道士が手書きで貴重な世界の書物を書き写したり、書庫は密封されていてだれも出入りできなかったりと、知識や思想が完全に閉ざされていた時代を丹念に綴っている。
が、そんな厳しい決まりの中でも、異教の書を秘かに盗み見したり、男色や女性との関係を持つ苦しみが滲み出てくる。

興味深いところは、ウィリアムが崇拝しているのがロジャー・ベーコンの思想である。
科学が新しい思想として芽生えてきた。
近代科学の先駆者といわれるベーコン。13世紀の哲学者でフランシスコ会司祭であった。ウィリアムとはイギリス人同郷であり一世代違いの設定。当時の知識人はみなキリスト教会人であり、知識全てを教会・教義が取り仕切っていた。
そこで科学的にものをみることを発見した知識人は、新鮮で最先端をいったであろうが、その論はそうたやすくは受けいれられなかったであろう。ウィリアムは、新発明のレンズ(老眼鏡)を隠しもち、磁石(羅針盤)の論で迷路脱出を図る。

等々、読んでいて奥の深さに圧倒される。
そう、アドソがメルクの修道士となって高齢で回顧している構成の小説。
メルク修道院はオーストリアに実在し、今日それは豪華絢爛な修道院だ。オーストリアの旅で寄った。メルクは13世紀頃はオーストリアの首都であった。図書室は、小説の書庫のモデルになったのではないかと思われる貴重なもの。中世の修道院は富の中核だったとは言え、これほど華麗ではなかったはず。だって、今日のはハプスブルグ家が贅の限りを尽くして飾ったものなのだから。

そして、題名の意味は何か。
原題の英文は、The name of the rose。イタリア語は、Il Nome della Rosa 。それぞれに定冠詞がついている。
中世には普遍論争というのが存在した。実在とは何かという哲学議論。唯物論者のウィリアムは、「その薔薇」こそが具体的事物で実在する。「その名前」は形式にすぎないと。
下巻の最後の方にこうした記述も出てくる。今回はこれくらいにとどめておこう。 

 

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